大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和53年(う)1146号 判決

被告人 久保泰雅 外八名

主文

一、被告人久保泰雅ほか七名に対する昭和五三年(う)第一一四六号事件の原判決(但し、被告人本庄孝に対する無罪部分を除く)、被告人野井重太郎に対する同年(う)第一一四七号事件の原判決を破棄する。

二、被告人久保泰雅を懲役八月に、被告人河野繁由を懲役四月に、被告人本庄孝、同吉田亀藏を各懲役三月に、被告人松本辰治を懲役二月に、被告人井上徳太郎、同橘政一、同中村忠夫、同野井重太郎を各懲役一月に処する。

三、各被告人に対し、この裁判確定の日から一年間それぞれその刑の執行を猶予する。

四、被告人河野繁由から金一五万円を、被告人本庄孝から金二〇万円を、被告人松本辰治から金一〇万円を、被告人吉田亀藏から金三一万円を、被告人井上徳太郎から金五万円を、被告人橘政一から金六万円を、被告人中村忠夫、同野井重太郎から各金四万円を追徴する。

五、原審の訴訟費用中、証人角谷弘之に関する分は被告人久保泰雅の、証人井上淳に関する分はその四分の一ずつを被告人久保泰雅、同河野繁由、同吉田亀藏の、証人嶋伊三郎、同高橋勇、同藤原喜代松、同着本才一、同横田礒治、同西田実、同射場楠太郎(但し昭和四四年五月一五日支給の分を除く)、同西村稔(但し同年同月二九日支給の分を除く)、同耳野貢、同大原明義、同日浦義雄、同高山和三、同高山モトヨ、同高山キヨ子、同堀田力に関する分はそれぞれその一〇分の一ずつを各被告人の、証人青木義和に関する分はその二分の一ずつを被告人河野繁由、同吉田亀藏の、証人日野正晴に関する分はその二分の一ずつを被告人松本辰治、同野井重太郎の負担とする。

理由

(控訴趣意)

本件各控訴の趣意は、被告人久保、同河野、同吉田の弁護人黒田静雄作成の控訴趣意書、被告人本庄の弁護人井関和彦作成の控訴趣意書(但し、事実誤認、法令適用の誤の主張であると釈明)、被告人松本の弁護人菅生浩三、同葛原忠知、同吉利靖雄共同作成の控訴趣意書、大阪地方検察庁検察官辻文雄作成の控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

(当裁判所の判断)

第一原判示第一の一、第二の一の各事実について

一  原判決の認定の要旨

原判示第一の一の事実の要旨は、泉大津市長である被告人久保と同市議会議長である被告人河野は、共謀のうえ、昭和四一年一一月二二日、同市議会議員である被告人吉田に対し、同月二九日招集の市議会に付議する泉大津市と堺、和泉両市との合併に関する議案(以下、三市合併議案と略称する。)について、賛成の立場から審議及び議決するよう依頼し、かつ、自宅や泉大津市を離れて同被告人と一緒に身を隠すように指示した他の市議会議員にも同様働きかけるよう依頼する趣旨のもとに、現金五〇万円の賄賂を供与した、というものであり、原判示第二の一の事実の要旨は、被告人吉田は、右の賄賂を収受した、というものである。

二  弁護人黒田静雄の控訴趣意B第一に対する判断

(一) 論旨は、右五〇万円は被告人吉田の右職務と対価関係に立つものではなく、原判決はこの点で事実を誤認していると主張している。すなわち、真相は、当時三市合併議案の賛成派であつた被告人松本ら泉大津市議会議員がその反対派から攻撃を加えられて身の危険を感じていたため、被告人久保と同河野が、協議のうえ、これら議員を避難させることとし、必要経費である五〇万円を被告人久保が用意して被告人吉田に託し、被告人吉田も、右の事情を知つて五〇万円を預かつたものであるから、この五〇万円は三市合併議案の議決に対する利益として授受されたものとはいえず、賄賂にあたらない、というのである。

(二) そこで、記録を調査し、当審の事実取調の結果をも参酌して、まず本件の経過をみると、次のような事実が認められる。

(1) 泉大津市は、古くから毛布、毛織物などの特産地として知られていたが、市の規模が小さく、公共施設や福祉施設を単独で設置、拡張することが地域的にも財政的にも困難であつたため、住民の間でかねてから隣接市などとの合併の必要性が叫ばれていた。被告人久保も、昭和三四年五月泉大津市長に就任して以来、機会あるごとに合併による広域行政を行う必要があることを力説していたが、昭和四一年五月和泉市長から和泉市、堺市、泉大津市などの合併が提唱されるに及び、この機会を逃しては今後合併は困難であるとの判断に立ち、直ちに泉大津市議会において右の提唱を推進する旨の決意を表明するとともに、堺市長、和泉市長らと三市合併の大綱について話合いを開始した。

(2) この動きと呼応して、泉大津市議会議員の間においても右の三市を合併しようとする気運が盛り上り、同年五月二〇日ころ市議会において議員提案による三市合併促進の決議が行われたのを初めとして、同年七月二六日には市議会に合併調査特別委員会(被告人松本が委員長、同本庄が副委員長)が設置され、同年九月二〇日には議長である被告人河野を除く在籍議員二四名中二二名の圧倒的多数により合併促進の決議が行われ、同年一〇月三日ころには三市の市長、市議会正副議長、市議会の指定する議員(泉大津市議会議員では被告人松本、同吉田、同野井、同本庄の四名)、学識経験者で構成する三市合併協議会が発足し、昭和四二年四月一日を期して三市の合併を実現することが申し合わせられるなど、着々と合併の準備が進められていつた。

(3) ところが、昭和四一年一〇月初めころになつて、泉大津市の商工会議所を中心とし、三市合併は時期尚早であるとの反対論が唱えられるようになり、これに同市の毛織物業者らが同調し、同月中旬ころには右商工会議所内に三市合併に反対するための泉大津市愛市連盟が結成され、強力な反対運動が展開されるに至つた。そして、右反対派は、合併により税金が高くなる、公共料金が上る、毛織物特産地たる泉大津市の名称が消えるなどと宣伝し、約五万三〇〇〇人の市民のうち約三万人から合併反対の署名を集める一方、合併賛成の市議会議員に対し、知人、親戚、取引先、市議会議員選挙の支持者らを通じて合併反対の立場にかわるよう執拗に説得し、あるいは得意先を通じて賛成議員の営む会社や勤務先との取引停止を通告し、さらには利をもつて誘うなどの激しい切りくずし工作を行つていつた。そのため、従来賛成の立場にあつた議員の中にも、反対派に廻る者が続出するようになり、同年一一月一八日ころには最も強い賛成派とみられていた副議長橋本三郎ですら反対派の切りくずしを受けて脱落するに至つた。

(4) こうした事態の推移を憂慮した被告人久保は、その過程において賛成派のリーダーである被告人河野、同松本、同本庄と意を通じ、これらの議員を中心に三市合併の推進運動をより強力に行うこととし、特に被告人河野は、賛成派議員を反対派の切りくずしから守つて賛成派の結束を固めるため、屡々大阪市内の料理店などに賛成派議員を集めて酒食の供応接待をするなど、三市合併議案可決のための運動を懸命に行つていた。しかし、一一月二一日ころ、泉大津市議会で、三市合併の条件等を三市合併協議会の決定に委ねるか否かを採決した際には、これに賛成した合併賛成派の議員は被告人本庄、同松本、同吉田、同井上、同橘、同中村、同野井、河合恒太郎外五名の計一三名に激減し、これに議長の被告人河野を加えても賛成派議員は二五名の議員中一四名にすぎないこととなり、あと一人が反対派に廻ると議長採決に追い込まれ、さらにもう一人が反対派に廻ると三市合併議案が否決されるという情勢に立ち至つた。加えて、そのころ、反対派が同月二三日を期し賛成派議員に対して猛烈な抱き込み工作を行うとの情報が流れるなどして、予断を許さない形勢となつた。

(5) そこで、被告人久保、同河野、同本庄は、同月二二日午後、市長公室に集まり、反対派の切りくずし工作に対する対策を協議したが、名案が浮ばず、とりあえず賛成派議員のうち、党の方針として賛成の立場を決めていて切りくずされる危険のない社会党の近森照治、公明党の坂上勇、木本茂美、民社党の高橋勇の各議員を除外し、無所属で反対派に切りくずされるおそれの強い被告人中村、同野井、同井上、河合のほか、被告人吉田、同橘もともに賛成の肚を固めていたとはいえそのまま放置できないところから、これらの議員について対策を講じることとし、急拠市長応接室に招集した。招集されたこれらの議員は、被告人松本をもまじえて、同所で、それぞれに反対派の切りくずし工作の激しいことを話し合い、中には反対派から夜昼を問わずいやがらせや脅迫の電話がかかつてくるとか、このままでは情にからまれて反対派に廻らざるを得なくなるとか言い出す者や、どこかへ身を隠しておいた方がよいのではないかと発言する者があつた。そのため、事態を憂慮した被告人久保、同河野は、市長公室で相談のうえ、招集した賛成派議員の中からこれ以上反対派に脱落する者が出るのをくい止めるためには、一一月二九日の議決日までこれらの者に身を隠させておくほかはないとの方針を固めた。そして、身を隠すには皆が一緒に行動した方がよいこと、当夜は被告人本庄が紹介した大阪市内の旅館新橋荘に集合すること、被告人河野、同松本、同本庄はいずれも役職にあるため市を離れることができないので一行のまとめ役を被告人吉田に依頼することを決め、その旨を同被告人に依頼するとともに、被告人河野が、右の議員らに「新橋荘へ行つて詳しい打合せをするが、これからは自分の指示に従つて行動してほしい。二八日まで一時身を隠してもらうことにする」と指示した。そのため、当時反対派の切りくずし攻勢をさして煩わしいとも思つておらず身を隠すことに消極的であつた被告人橘、同野井も右の指示に従うことにした。しかし、これら議員は、いずれもこれに要する費用も準備しないまま応じることになつたことや、これらの費用は被告人久保、同河野らにおいて調達するのが当然という声もあつて、被告人久保において右のための費用を用意することとなり、市収入役角谷弘之に命じて公金から支出させた現金五〇万円を被告人吉田に手渡して、「そんならこれで体をかわしてくれ。君は会計をしてくれ」と頼んだ。

(6) 被告人吉田は、右趣旨に基づき、右五〇万円のうちから、同月二三日、被告人井上に対して五万円(うち一万円は被告人松本を通じて)、被告人橘、同中村、同野井、河合に対して各四万円を身を隠すための宿泊賃等の名下に分配し、同月二九日ころ被告人橘に対して二万円を追加分配したほか、同月二四日旅館花の坊での右議員らの宿泊費二万円を支払つたり、逃避に要したタクシー代などを支払つたりした。

(三) 以上の事実経過に徴すると、本件五〇万円は、三市合併議案を通過させることを熱望する被告人久保が、被告人河野と意思を通じたうえ、被告人吉田に対し、反対派からの切りくずしを避けて賛成議決に加わることができるようにするため、議決日まで身を隠すとともに、他の賛成派議員にも同様の働きかけをするよう依頼した際、これに要する費用(小遣銭を含む。)にあてる趣旨で同被告人に交付したものであることが明白である。すなわち、それは、被告人吉田に対し、直接賛成議決をすること又は他の議員にも同様の働きかけをすることを依頼して交付されたものではないが、さりとて、弁護人の所論のように、賛成派議員を身の危険から守るための費用として交付されたものでもないのである。弁護人の所論に沿う証拠としては、被告人らの原審、当審の公判廷における抽象的な供述が存するのみであり、しかもそれらの供述は、相互の間にくい違う点があるなど不合理な点が多く、ことに捜査段階においてほとんど触れられていない事項を述べていること、捜査段階においてはかえつて被告人橘、同野井のように反対派の切りくずし攻勢をさして煩わしいと思つていなかつたと述べている者があることなどに徴し、誇張にすぎるものというほかはない。

(四) そこで、右のような趣旨で授受された本件五〇万円が、原判示のように、被告人吉田に対して賛成議決を依頼するとともに、他の議員にも同様の働きかけることを依頼する趣旨で授受されたものと認めうるか否かについて検討を進めるのに、本件五〇万円が右の趣旨の賄賂であると認めるためには、それが被告人吉田らの賛成議決と対価関係に立つものであることを要するのはいうまでもない。

原判決のこの点についての判断は必ずしも明白ではないが、全体の判示から推認すると、身を隠す費用が結果的にこれを受取つた議員の賛成議決への参加に資することになつたにすぎないときは未だ右費用と賛成議決との対価関係は認められないけれども、右の費用が反対派からの切りくずし攻勢を避けて賛成の立場を維持し、賛成議決に加わることを依頼し、あるいはそのことを期待する趣旨で授受されたときは賛成議決との対価関係を認めてよい、と判断しているようである。

確かに、本件五〇万円が被告人久保らによるいわゆる多数派工作の費用として交付されたものであることは明白であり、交付を受けた被告人吉田がその事情を知悉していたこともまた明白である。しかしながら、そのような認識が授受者の間に存しただけで、右五〇万円を賛成議決との対価関係に立つ賄賂であると認定することは、許されない。すなわち、公務員に対して交付された金員がその特定の職務と対価関係を有しているものと認めるには、右金員がその職務との関係において利益として提供されたことを要する。したがつて、直接には職務の先行行為に対して提供された金員を職務との対価関係を有しているものと認めるには、先行行為に藉口しながら職務に対して右金員が提供された場合又は右金員の提供を受けて先行行為を行うこと自体が公務員にとつて利益である場合でなければならないのである。

これを本件についてみるのに、本件五〇万円が身を隠す費用に藉口して被告人吉田ら議員の賛成議決に対して提供されたものでないことについては、上述の事実経過からいつて、疑問の余地はない。次に、被告人吉田ら議員が費用の提供を受けて身を隠すこと自体が当人らにとつて利益であるか否かについて検討するのに、上述した事実経過、ことに、(1)被告人吉田を初めとする賛成派議員が身を隠すことは、それら議員の側から自主的に計画されたものではなく、反対派からの切りくずしを極度に恐れた被告人久保、同河野らの側で立案され、右議員らに対し依頼、説得されたものであり、現に、身を隠すことに当初消極的であつた被告人橘らも結局はこの説得に応じて他の議員らと同行していること、(2)そのため、依頼者側である被告人久保、同河野において、身を隠す費用を調達する必要に迫られ、市の公金から支出してまで右五〇万円を提供せざるを得なかつたこと、(3)右五〇万円はほぼその趣旨どおりに身を隠す費用(小遣銭を含む。)にあてられていること、(4)右五〇万円の交付を受けた被告人吉田は、かくべつ利得していないこと、(5)被告人吉田は、身を隠した議員の中では賛成の立場を明確にしており、同人に対し賛成議決のために特に金員を贈与する必要性はなかつたこと、などに照らすときは、右の点もまたこれを肯認することができない。

そうしてみると、原判決が本件五〇万円の趣旨を前記のとおりのものと認定したのは、事実を誤認したものというほかなく、論旨は結論において理由があることになる。

三  職権による判断

(一) 次に、本件において証拠により認定することのできる事実、すなわち、被告人久保及び同河野が、共謀のうえ、被告人吉田に対し、三市合併議案に関する反対派からの切りくずし工作を避けて賛成議決に加わることができるようにするため、議決日まで身を隠しておくよう依頼し、かつ、他の賛成派議員に対しても同様の働きかけをするよう依頼した際、その費用にあてる趣旨で現金五〇万円を提供し、被告人吉田がその趣旨で右の金員を受け取つた事実について、これが贈収賄罪を構成するか否かを検討する。この問題は、右五〇万円と対価関係に立つ被告人吉田の行為が、贈収賄罪の適用上、市議会議員の職務といえるか否かの問題にほかならない。

(二) 原判決によると、市議会議員の職務は、議案の審議に臨み、議決に参加することであつて、議員が自己の立場や意見と反対の立場に立つ者や反対の意見をもつ者からそれに組みするように説得されあるいは勧誘されることを避けるために所在を晦まし、身を隠すこと自体は、議員の職務ではなく、職務に密接に関連する行為でもない、という。これによると、右の目的で、他の議員に対して身を隠すように説得、勧誘することもまた、議員の職務にはあたらないと解しているようである。

(三) 確かに、法令に定められている議員の職務権限は、原判決もいうように、提案された議案に関しては、これを審査、議決することである。しかしながら、一般に、公務員の職務権限規定は、国又は地方公共団体に属する権限のうち当該公務員に分掌させるものを定めたものであつて、当該公務員がその職務として行うべき行為の範囲を画するものではない。したがつて、賄賂罪にいう公務員の職務にあたるか否かを決するには、当該公務員の職務権限規定に定められている行為か否かを検討するだけでは足りず、法令全体の趣旨からみて当該公務員が公務員たる資格において行うことが予定されている行為か否かを検討しなければならない。そして、法令に定められた公務員の職務権限の行使と密接不可分な行為であつて、これに対して不正な利益を提供することがその行為ひいては職務権限行為の公正に疑を生じさせるようなものについては、賄賂罪にいう公務員の職務にあたるといわなければならないのである。

これを市議会議員についてみると、提案された議案に関し、議場外において、賛否の態度を決するために議員間で討議、集会をすること、他の議員に対して賛否の態度決定に関して働きかけをすることなどは、まさに議案を審査、議決する権限と直接結びつく密接不可分な行為であり、賄賂罪の予定する議員の職務であるというべきである。

本件の場合、現金五〇万円との対価関係が認められる被告人吉田の行為は、三市合併議案の賛成派議員が反対派からの工作を避け、これに対する賛成の態度を維持して、その審議及び議決に加わることができるようにするための多数派結束の活動であつて、まさに職務権限たる賛成議決を行うことと直接結びつくものであつて、議員たる立場に基づく職務というに妨げはない。

そうしてみると、被告人久保、同河野と同吉田との間で、右のような趣旨で金員を授受したことは、贈収賄罪を成立させるものといわなければならない。

第二原判示第一の三、四の各事実及び被告人井上、同橘、同中村、同野井について原判決が無罪とした公訴事実について

一  原判決の認定の要旨

(一) 原裁判所は、原判示第一の三、四の各事実については、贈賄の公訴事実を賄賂の申込と縮小認定した。その要旨は、次のとおりである。

(1) 被告人吉田、同河野及び同松本は、共謀のうえ、昭和四一年一一月二三日、泉大津市議会議員である被告人井上に対し、三市合併議案について賛成の立場から審議及び議決するよう依頼する趣旨のもとに、現金五万円の賄賂の申込をした(原判示第一の三の事実)。

(2) 被告人吉田は、同月二三日、泉大津市議会議員である被告人橘、同中村、同野井及び河合に対し、前同趣旨のもとに、それぞれ現金四万円の賄賂の申込をした(原判示第一の四1ないし4の各事実)。

(3) 被告人吉田は、同月二九日ころ、被告人橘に対し、同被告人が三市合併議案について賛成の立場から審議及び議決に加わつたことに対する謝礼の趣旨のもとに、現金二万円の賄賂の申込をした(原判示第一の四5の事実)。

(二) 他方、原裁判所は、(一)の縮小認定に対応し、これに関する各収賄の公訴事実について被告人井上、同橘、同中村、同野井を無罪とした。

(三) 原判決は、右のように贈賄の公訴事実を縮小認定し、これに対応する収賄の公訴事実を無罪とした点について、その理由を要旨次のとおり判示している。

(1) 市議会議員の職務は、議案の審議に臨み、議決に参加することであつて、議員が自己の立場や意見と反対の立場に立つ者や反対の意見をもつ者からそれに組みするように説得され、あるいは勧誘されることを避けるために所在を晦まし、身を隠すこと自体は、もとより議員の職務ではなく、職務に密接に関連する行為でもない。

(2) したがつて、単に反対の意見や立場にある者からの説得、勧誘を避けるために身を隠すための費用は直ちには賄賂性を帯びるものではない。身を隠す費用が賄賂性を帯びるのは、その授受が職務すなわち審議、議決を得るための手段となつているとき、すなわち審議、議決と対価の関係をもつ場合に限られるべきであつて、身を隠す費用の提供や授受が結果的にこれを受取つた者の審議、議決への参加に資することになつただけでは足りない。そこで、身を隠す費用の交付が審議、議決を得るための手段(対価)となつて賄賂の供与にあたるといいうるためには、審議、議決を依頼し、あるいはその意味、趣旨で交付されたことが必要であり、賄賂の受供与にあたるといいうるためには、受交付者がその際に審議、議決を依頼され、あるいは交付者の意図を知つていることが必要である。

(3) ところが、証拠によると、交付者である被告人吉田、同河野及び同松本は、三市合併議案に賛成議決を求める趣旨で金員を交付したことが認められるけれども、受交付者である被告人井上、同橘、同中村、同野井及び河合は、現金五万円又は四万円の交付を受ける際、身を隠す費用を借りるという認識しか有しておらず、被告人橘が現金二万円の交付を受けた際にも、飲み代を借りるという認識しか有していなかつたことが認められる。したがつて、これらの収賄については犯罪の証明がなく、贈賄についても賄賂の申込の限度で犯罪が成立するにすぎない。

二  弁護人菅生浩三、同葛原忠知、同吉利靖雄の控訴趣意第二に対する判断

(一) 論旨は、被告人松本の原判示第一の三の事実に関する訴訟手続の法令違反の主張であつて、要するに、右事実認定の証拠とされた同被告人の検察官に対する昭和四一年一二月二六日付供述調書は、読み聞けが省略されたため内容が不正確であり、しかも供述に任意性がないのに、これを原裁判所が証拠に採用したのは違法である、というのである。

(二) そこで、まず、記録及び当審の事実取調の結果に基づいて、右供述調書の読み聞けの有無について検討するのに、被告人松本は、原審及び当審の公判廷において所論に沿う供述をしているけれども、同被告人の取調べにあたつた検察官日野正晴は、原審の証人として、右供述調書が同被告人の供述するような経緯で作成されたものではないことを明確に証言し、また、同検察官の立会事務官であつた原審証人野口博義も、同趣旨の証言をしている。また、同事務官作成の執務記録によると、一二月二六日は午前一一時半から午後一二時半まで、午後一時から五時前まで、午後五時四五分から七時四五分ころまでの合計約七時間にわたり同被告人の供述の録取がなされていること、右供述調書に添付されている被告人作成の図面二葉が作成日付どおり一二月二六日に作成されたものであることは同被告人も認めていること、右供述調書中には右図面に基づいた供述記載がある。こうした点に徴するときは、同被告人の所論に沿う前記供述はたやすく措信することはできず、他に右供述調書の読み聞けがなされなかつたことを認めるに足りる証拠はない。

また、右供述調書中の供述の任意性を記録に基づいて精査しても、同被告人の原審公判廷における供述を除いては、所論のような脅迫、威迫その他供述の任意性を疑うべき状況下で右調書が作成されたと認めるべき証拠は存せず、同被告人の右供述も前記各証言と対比し、これを措信することができない。

したがつて、原審が所論指摘の供述調書を証拠として取調べたことには、所論のような訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

三  弁護人黒田静雄の控訴趣意B第二、弁護人菅生浩三、同葛原忠知、同吉利靖雄の控訴趣意第一の一及び検察官の控訴趣意第一に対する判断

(一) 各弁護人の論旨は、いずれも被告人吉田、同河野、同松本の前記賄賂の申込の各事実に関し、被告人井上、同橘、同中村、同野井、河合に交付した各金員は、前記第一の二(一)記載のとおり、被告人井上らが反対派からの攻撃を避けて身を隠すための費用としてであるにすぎず、三市合併議案について賛成の立場から審議、議決するよう依頼する趣旨のものではなかつたのであるから、原判決には事実誤認がある、というのである。

これに対し、検察官の論旨は、被告人吉田、同河野、同松本に対する右公訴事実が縮小認定されている点及び被告人井上、同橘、同中村、同野井に対して無罪が言渡された点についての事実誤認の主張であつて、被告人井上ら五名は被告人吉田から三市合併議案に賛成の立場で審議、議決することを依頼され、そのことを了解しながら本件各金員を受取つたことが明らかである、というのである。

(二) そこで、原審で取調べられた関係証拠により、本件の経過をみると、次の事実が認められる。

(1) 被告人橘、同中村、同野井、同井上、河合は、前記第一の二(二)において述べた経過から、被告人吉田を含め、昭和四一年一一月二二日の午後、被告人久保、同河野らから招集を受けて市長応接室に集まり、同被告人らから反対派の切りくずし運動の状況について事情を聴かれた後、被告人河野から「直接反対派の切りくずしを避けるために一一月二九日の議決日まで一時身を隠してくれ。今夜そのことで相談するので新橋荘に集まつてくれ」などと依頼かつ指示された。

(2) これに従い、被告人井上ら五名は、同日夜大阪市内の旅館新橋荘に集合し、被告人河野、同本庄、同松本、同吉田らと飲食を共にした。その席上再び被告人河野から「反対派からの切りくずしを避けるため身を隠してほしい。今夜は新橋荘に泊り、その後は吉田と行動を共にしてくれ。そして二八日午後三時に全員再び新橋荘に集合して、翌二九日市議会に揃つて出かけることにする」との指示があり、被告人井上を除く五名(被告人吉田、同中村、同橘、同野井及び河合)の者が当夜同荘に宿泊した。しかしながら、翌二三日に至り、被告人河野から右新橋荘はすでに反対派に察知されているおそれがあるから他所へ身を隠すようにとの指示があつたため、被告人吉田は、前夜宿泊した被告人橘、同中村、同野井、河合の四名を伴つて有馬温泉の旅館花の坊に行き投宿した。そして、同日夜同旅館で、翌日からは各自分散して身を隠そうと話し合い、被告人吉田は、被告人橘ら四名に対し、二八日に旅館新橋荘に集まるまで身を隠すための費用として、被告人久保から受取つた五〇万円の中から一率に四万円宛を分配した。翌二四日、同被告人らは、大阪市に戻つた後、解散して各自旅館や知人宅に宿泊するなどして反対派の切りくずし工作から逃れていた。

(3) 一方、被告人井上は、愛人を連れて最初から単独行動をとることにし、同月二三日新橋荘で、被告人河野から、逃避中の所在は常に連絡して二八日午後三時までに旅館新橋荘に集まるよう念を押されたうえ、被告人吉田から、その間の費用として五万円を受取つた。そして、愛人とともに、同日は大阪市内のホテルに、翌二四日は熱海温泉にそれぞれ宿泊し、二五日、帰阪したが、被告人河野から「今家へ帰つてもらつては困る。松本と一緒にすぐ白浜へ行つてくれ。ますます切りくずしが激しくなつておるんだ。もう旅館も取つてあるのだからどうしても白浜に行つてくれ」と言われ、被告人松本に伴われて白浜温泉へ行つて一泊し、その後は堺市内の娘婿宅に身を隠していた。

(4) その間反対派に気付かれないようにとの配慮から、被告人久保、同河野は、臨時議会が開かれる前日の同月二八日に、集合する場所を予定の新橋荘から堺市内の旅館丸芳荘に変更するとともに、その旨被告人本庄、同松本らに連絡、指示をし、これを受けた被告人本庄、同松本ともども、被告人吉田ら六名は、右二八日右指示どおり旅館丸芳荘に集まり、一泊した後、翌二九日朝揃つて機動隊に守られながら議場に臨んだ。そして、賛成派と反対派の議員間に激しく口論応酬が行われ、傍聴席から野次が飛ばされるという騒然たる状況の中で議会が開かれ、議事の紛糾から反対派議員一〇名が流会したとして一斉退場した後、被告人河野を含む賛成派議員一四名で三市合併議案が可決された。

(5) 被告人橘は、右議案の可決後、他の賛成議員とともに旅館丸芳荘にもどり、被告人吉田から二万円を受取り、これを遊興費に費消した。

(三) 以上の事実経過をふまえ、被告人橘が受取つた二万円を除く本件各金員の趣旨及びその趣旨についての各被告人の認識に関してさらに考究するのに、前述したとおり、右の趣旨が弁護人の所論のようにただ単に反対派からの攻撃を避けて身を隠すためのものであつたと認定すべき証拠は存しない。

次に、検察官の所論に沿い、被告人橘ら五名の認識について検討するのに、次のような諸点を重要な事情として指摘しなければならない。すなわち、

(1) さきに認定した三市合併議案をめぐる情勢の推移及び被告人河野からの前記依頼文言からみて、被告人橘らが身を隠す直接の目的が反対派からの切りくずしを避けて賛成の立場を維持するにあることは、身を隠した被告人橘らにとつて十分に明らかであつたと認められること。

(2) 被告人橘らが、一一月二二日被告人久保、同河野らから招集を受けて市長応接室に集まつた際、被告人松本から「どこかへ体をかわさないかんの。しかしどうや経費がいるやないか。そんなん各人持ちか」との発言があつたのに対し、被告人河野から「そら何とかこつちでするよ」との返答があつたこと。

(3) 被告人橘らは当日急拠身を隠すことになつたこと、また、その際の被告人河野の右発言もあつてその費用について何の工面もしないで、新橋荘に赴いていること。

(4) 被告人橘ら四名が被告人吉田から各四万円を分配された情況をみると、一一月二三日旅館花の坊において各人が分散して身を隠すことになつた際、被告人吉田が最初三万円ずつ渡そうとしたが、河合らが被告人吉田にいくら預つてきたかと尋ね、同被告人が三〇万円だが被告人井上に五万円を渡したので二五万円が残つているだけであると答えると、それだけあるのであれば三万円ずつでは少なすぎるという話になり、被告人吉田が四名に四万円ずつ渡したこと。

(5) また、被告人井上が被告人吉田から五万円を受取つた際の情況も、三市合併議案の通過に熱意をもつ被告人河野らが反対派から切りくずし工作を恐れていることを知悉し、賛成派議員らがこの攻勢を避けるための費用を準備していることを察知しながら、単独で身を隠すのに要する費用としてこれを受取つていること。

などである。

こうした事情を総合するときは、右各金員を受取つた各被告人が検察官に対して供述している認識内容、すなわち、右各金員は被告人吉田が被告人久保又は同河野らから身を隠す費用に充てるため受取つてきた金員の中から分配を受けるものと思つた旨の認識内容は、十分に客観的な裏付けを備えており、借信するに足りるものというべきである。もつとも被告人吉田は金を分配する際その出所について特段の説明をせず、また貸与する金員か贈与する金員かの区別を述べていないけれども、そのことは、上述した一連の情況の下では、右のような認定をする妨げとなるものではない。しかしながら、検察官所論のように、右の認定を超えて、本件各金員が三市合併議案に賛成議決を依頼することと対価関係に立つものと認定することは、前記第一の三に判断したと同様の理由で相当でない。

結局、原判決が、被告人橘ら四名が被告人吉田から四万円又は五万円を受取つた趣旨について、身を隠す費用として借用した旨の原審公判廷での弁解を斥けるに足りる証拠がないとした点は、その限度において検察官の所論のとおり事実誤認であると同時に、原判決が、被告人吉田が三市合併議案を賛成議決することの謝礼の趣旨で右各金員を交付したと認定した点もまた、その限度において、弁護人の所論のとおり事実誤認である。したがつて、検察官及び弁護人の論旨はいずれも右の限度で理由があるといえる。

三  職権による判断

職権によりさらに審究するのに、前記第一の三において判断したとおり、市議会議員が議案に対する賛成の態度を維持するため、反対派からの切りくずし工作を避けて身を隠すことも、それ自体、賄賂罪にいわれる職務に該当するものというべきであるから、被告人吉田と河合を含む被告人橘ら五名との間に授受された上述の四万円又は五万円の金員は同被告人らの右の職務に関する賄賂たる性質を帯びるものというべく、その限度において贈収賄罪の成立を肯定すべきである。

四  一方、被告人橘が受取つた二万円について検討するのに、同被告人(昭和四一年一二月九日付)及び被告人吉田(昭和四一年一二月一三日付)の検察官に対する各供述調書によると、被告人橘は、三市合併議案を議決した後賛成派議員が丸芳荘に戻つてきたとき、被告人吉田に対し、花の坊で所持していた金が残つているかと尋ねたうえ、「女のところへ行こうと思つているので二万円貸してくれ」と言つて金を要求したこと、被告人吉田は、二万円を被告人橘に渡しながら、「誰にもいうなよ」と言つて口止めしたこと、被告人橘は、この金員の趣旨を一一月二九日に議会に出席し議案に賛成した礼の意味でもらつたと認識していること、同被告人はこれを遊興費に費消していることが明らかであつて、これらの事実によるときは、本件二万円に関する限り、身を隠しているための費用ではなく、賛成議決をしたことへの謝礼の趣旨であつたものと認めるほかはない。検察官の論旨は理由があり、弁護人の論旨は理由がない。

第三原判示第一の二1ないし3、第二の二ないし四の各事実について

一  原判決の認定の要旨

原判示第一の二1ないし3の各事実の要旨は、被告人久保は、三市合併議案について賛成の立場から審議及び議決するよう依頼し、かつ、他の泉大津市議会議員にも同様働きかけるよう依頼する趣旨のもとに、昭和四一年一一月二四日、同市議会議員である被告人本庄及び同松本に対して各現金一〇万円の賄賂を供与し、同月二六日、同市議会議員である被告人河野に対して現金五万円の賄賂を供与した、というものであり、原判示第二の二ないし四の各事実の要旨は、被告人本庄、同松本及び同河野は、これらの賄賂を収受した、というものである。

二  弁護人菅生浩三、同葛原忠知、同吉利靖雄の控訴趣意第二に対する判断

論旨は、被告人松本の原判示第二の三の事実に関し、証拠とされた同被告人の検察官に対する昭和四一年一二月二六日付供述調書について、前記第二の二(一)に記載したのと同旨の訴訟手続の法令違反を主張するのであるが、前記第二の二(二)に記載したのと同一の理由によりこれを採用することができず、論旨は理由がない。

三  弁護人黒田静雄の控訴趣意B第四、弁護人菅生浩三、同葛原忠知、同吉利靖雄の控訴趣意第一の二及び弁護人井関和彦の控訴趣意第二に対する判断

(一) 各論旨は、いずれも、被告人久保、同本庄、同松本、同河野の前記事実に関し、原判示の前記各金員は被告人本庄ら三名の原判示の職務と対価関係に立つものではなく、被告人本庄ら三名がそれまで三市合併議案に関連して他の二市の議員と懇談、折衝を重ねるなどして費用を立替えていたため、被告人久保がこれを弁償する趣旨で交付したものであるのに、原判決が前記のとおり認定したのは事実誤認ひいては法令適用の誤である、というのである。

(二) そこで、原審で取調べられた関係証拠により、本件の経過をみるのに、次のような事実が認められる。

(1) 被告人久保は、前記第一の二(二)、第二の二(二)に記載したとおり、三市合併議案の賛成派議員の中で反対派から切りくずしを受けるおそれの強い者を選び、身を隠させる一方で、残りの賛成派議員特に着本才一、藤原喜代松の守役にあたり、右両名を料亭に招いて接待するなど反対派への脱落防止に努めていた。被告人本庄も、かつて同じ社会党に属していた民社党高橋勇と親しいところから、同人と料亭を待合せの場にして、同人がリーダー格になつているグループ所属の坂上勇、木本茂美、着本才一、藤原喜代松ら賛成派議員の動向を探り、これら賛成派議員の足元固めの協力を依頼するなどし、被告人河野も、被告人吉田ら逃避組の賛成派議員と連絡をとつて内部結束を固める一方で、反対派の切りくずし攻勢により賛成派から離れたものの未だ反対派にも組せず両派の板挾みになつていた西村稔議員に対し、親戚を通じたり、本人を料亭に招いたりして、せめて棄権にまわるよう説得を続け、その了解を取りつけるなどし、被告人松本も被告人河野の多数派工作に協力したり、同被告人の指示により、反対派に寝返つた西田実議員と特に親しい間柄にある被告人井上の監視役を引受けて脱落防止に努めるなど、それぞれに多数派工作を強化していた。

(2) このような状況の中で、被告人久保は、同月二四日、市長室を訪れた被告人河野から「皆を守するのに困る。井上君は女を連れてどこかへ行き家へ帰ると言つて困るので松本に守をさしているが、松本も困つとる」という話を聞かされ、被告人本庄からも「どうも金がいつてかなわん。夕べも高橋と飲みに行つていつた」と言われて、被告人河野らの多数派工作に運動費が必要であることを知り、角谷市収入役に話して公金から現金三〇万円を支出させたうえ、市長応接室において、被告人本庄に対し「いろいろ費用がかかると思うから取りあえずこれを使つてくれ」と言つて一〇万円を手渡し、また、そのころ同応接室に来合せた被告人松本に対しても「あなたは委員長で何かと費用もいることだからこれを足しに使うてくれ」と言つて一〇万円を手渡し、さらにその後の同月二六日、堺市に向かう車中で被告人河野に対しても「これ車代にでもせえや」と言つて五万円を手渡した。

(三) 以上の事実経過のほか、さきに認定した当時被告人河野、同本庄、同松本が泉大津市議会議長、三市合併調査特別委員会の委員長又は副委員長の立場であつて同市長たる被告人久保とともに三市合併を推進して来た者であることをも併せ考えると、本件各金員は、被告人久保から同本庄ら三名に対し三市合併議案について多数派工作を行うことを依頼する趣旨で交付されたものと認めるのが相当である。すなわち、所論のように、公費でまかなうべき議員活動に伴う出費を補償するための正当な支払であると認めるべき根拠はまつたく存しないけれども、原判決が認定したように、被告人本庄ら三名が三市合併議案に賛成議決することに対する報酬の趣旨で授受されたと認めるのもまた失当というべきであり、その限度で論旨は理由があるといえる。

(四) しかしながら、前記第一の三において判示したとおり、市議会議員が議案の通過を図るため、他の議員に働きかけることも賄賂罪にいう議員の職務にあたるというべきであるから、これと対価関係に立つ本件各金員は賄賂たる性格を有することはいうまでもない。

第四原判示第一の二4、第二の五の各事実について

一  原判決の認定の要旨

原判示第一の二4の事実の要旨は、被告人久保は、昭和四一年一二月一日、被告人河野及び同本庄に対し、三市合併議案について賛成の立場から審議及び議決し、かつ、他の泉大津市議会議員に同様審議及び議決するよう便宜を図るなどして働きかけたことに対する謝礼の趣旨のもとに、他の者を介して現金二〇万円の賄賂を供与した、というものであり、原判示第二の五の事実の要旨は、被告人河野及び同本庄は、共謀のうえ、この賄賂を収受した、というものである。

二  弁護人黒田静雄の控訴趣意B第三及び弁護人井関和彦の控訴趣意第三に対する判断

(一) 論旨は、被告人久保、同河野、同本庄の右事実に関し、原判示の各金員は、前記第一の二(一)記載のとおり、被告人松本らが身の危険を避けるために旅館に宿泊したことによる宿泊料を支払う目的で授受されたものであって、被告人河野、同本庄が三市合併議案に賛成したことに対する謝礼の趣旨で授受されたものではないから、原判決は事実を誤認している、というのである。

(二) そこで、原審で取調べられた関係証拠により、本件の経過をみると、次のような事実が認められる。

(1) 前記第一の二において認定したとおり、三市合併賛成派の被告人吉田らが身を隠すことは、被告人久保、同河野、同本庄の三名が中心になって計画、推進したものであり、これに要する費用の捻出、負担も当然これら三名の側において行うべきものとの了解が互にあつた。特に、最初に身を隠した昭和四一年一一月二二日の新橋荘での宿泊は、被告人本庄が紹介して同人の名で申し込んでいたので、その夜の宿泊費については被告人本庄の責任で支払うべきものと考えられており、また、同月二八日の丸芳荘での賛成派議員全員の宿泊については、被告人河野がこれを指示し、その名で申し込んでいたため、その宿泊費は同被告人の責任で支払うべきものと考えられていた。

(2) 被告人河野と同本庄は、同月二九日三市合併議案の通過後、他の賛成議員らとともに旅館丸芳荘に戻った。そして、その夕刻、右被告人両名は、新橋荘、丸芳荘での宿泊に要した費用の支払方法について相談した結果、被告人久保から二〇万円を貰ってこれにあてることとし、翌三〇日、市長公室において、被告人河野は、被告人久保に対し、「あちこちの支払に困るんや。本庄も困っているようや、二〇万円出してほしい」と申し出た。被告人久保は、この申し出から、被告人河野と同本庄が賛成派議員を丸芳荘などに宿泊させた費用を要求していることを察知し、市企画室長船本宇一郎を介して角谷市収入役に公金二〇万円を引き出させ、翌一二月一日右船本を通じて右二〇万円を被告人本庄に交付した。

(3) 被告人本庄は、同日右金員中から旅館丸芳荘に同月二八日の宿泊費を含む費用一四万七〇〇〇円を支払い、一両日後新橋荘へ被告人吉田ら賛成派議員の一一月二二日の宿泊費三万四二〇八円を含めて約五万二〇〇〇円を支払い、そのころ被告人河野にその旨を伝えた。

(三) 以上の事実経過に徴すると、本件二〇万円は、三市合併議案に対する賛成派議員が被告人河野らの指示によつて反対派の切りくずしを避けて身を避けるために要した宿泊費にあてる趣旨で授受されたものであつて、被告人河野、同本庄が同案に賛成したことに対する謝礼等の趣旨で授受されたものではないと認めるのが相当であり、この点原判決には事実の誤認があり、その限度において論旨は理由があることとなる。

三  職権による判断

しかしながら、市議会議員が、議案の通過を図るため、他の議員に対し反対派から切りくずしを避けて賛成の立場を維持するように働きかけることも、前記第一の三において判断したとおり、賄賂罪にいう職務にあたると解されるから、被告人河野、同本庄が右のような働きかけをしたうえ、これに要した費用にあてる趣旨で被告人久保から被告人河野、同本庄に本件二〇万円が交付されたことは、贈収賄罪を構成するものというべきである。

第五原判決第三の一ないし三の各事実について

一  原判決の認定の要旨

原判決の認定によると、被告人久保は、上述した贈賄の資金にあてるため、泉大津市収入役と共謀のうえ、同人保管の公金の中から、昭和四一年一一月二二日五〇万円、同月二四日三〇万円、同年一二月一日二〇万円を引き出して費消横領した、というのである。

二  弁護人黒田静雄の控訴趣意第五に対する判断

(一) 論旨は、原判示の各金員は被告人久保が収入役から個人的に借用したものであつて、同人に市の公金からの支出を求めたことはなく、その意図もなかつたのに、横領の犯意があるとした原判決は事実を誤認している、というのである。

(二) しかしながら、原判決の挙げる被告人久保の検察官に対する関係供述調書と角谷弘之及び船本宇一郎の検察官に対する各供述調書によると、右各金員は、被告人久保が被告人吉田らに対する贈賄金などを捻出するため、収入役角谷弘之に求めて市の公金から支出させたものであることが明白であり、しかも、被告人久保は、すでに判断したところにより明らかなように、現にこれらを右の贈賄金や自己の飲食費として費消しているのであるから、同被告人に横領の犯意があつたことは疑いを入れない。所論に沿う同被告人の原審及び当審公判廷における各供述は、右各金員が角谷から個人的に借用したものであるといいながら、これを後日予算上の措置を講じて落とすつもりであつたと述べるなど、不自然、不合理な点が多く、とうてい措信することができない。論旨は理由がない。

第六結論

本件の実体は、上述したとおり、総じて、三市合併議案の通過を悲願とする市長の被告人久保が、反対派の運動の高まりを憂慮し、同議案の推進者である市議会議長の被告人河野及び市議会議員の被告人本庄と相謀り、反対派から切りくずしを受けやすい議員に身を隠して賛成の立場を維持し、右議案の審議、議決に加わることができるよう依頼するとともに、これに要する費用を、事前又は事後に市の公金から支出して支払つたことにあるのであつて、検察官の主張及び原判決認定のように、被告人久保らが、賛成派議員に対し賛成議決に加わるよう依頼し、これに対する謝礼の趣旨で、事前又は事後に金員を交付したことにあるのではない。しかしながら、当裁判所の認定に従つても、なお被告人らに対しては贈収賄罪の成立は免れない場合であつて、右の認定の変更は、同一対象事実に対する法的評価に伴うものであり、原審において十分攻撃防禦が尽されているところであるから、特に訴因の変更を要せず当然当裁判所において自判が許されるものと解される。また、被告人井上、同橘、同中村、同野井が、交付を受けた金員の趣旨を知らないで受取つたものとは認められない。したがつて、各原判決には上述した点に事実の誤認があり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、各原判決はいずれも破棄を免れない(被告人久保に関する原判示第三の横領の事実についての控訴は理由がないけれども、それと破棄される他の事実とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあつて一個の刑を言渡すべき場合であるから右の部分についても破棄すべきものである。)。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条を適用し、主文掲記の各原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して以下のとおりさらに判決することとする。

(自判)

〔当裁判所で認定する罪となるべき事実〕

被告人久保泰雅は大阪府泉大津市長であり、被告人河野繁由は同市議会議員で同議会議長、その余の被告人及び河合恒太郎は同市議会議員で、いずれも同市議会に付議される議案について審議、議決し、かつ、これらと密接な関係を有する行為を行う職務を有していたものであるが、被告人久保は、右市議会に提案されるべき泉大津市と和泉市、堺市との合併議案の通過を図るべく、被告人河野らと相謀り、右合併に賛成する被告人吉田、同井上、同橘、同野井及び河合らをしてその反対派からの切りくずし工作を避けて合併賛成の立場でその議案の審議、議決に加わることを得せしめようとし、その過程で次のような犯行が行われた。

第一、一、被告人久保、同河野は、共謀のうえ、昭和四一年一一月二二日午後、泉大津市東雲町二〇八番地泉大津市役所市長応接室において、当時合併反対派からの切りくずし工作を受けていた被告人吉田亀藏に対し、右反対派の切りくずし工作を避けて同月二九日招集の同市臨時議会に付議する「市の廃置分合について」と題する議案他二つの、いずれも泉大津市と堺、和泉両市との合併に関する議案(以下、合せて、三市合併議案と略称する。)について、賛成の立場から審議及び議決に加わることができるようにするため同被告人を含めて他の泉大津市議会議員とともに議決の日まで身を隠しかつ右議員に同様働きかけるよう依頼し、その費用に当てる趣旨のもとに、現金五〇万円を供与し、もつて同被告人の前記職務に関し賄賂を供与し、

二、被告人久保は、

1、同月二四日、同市役所市長公室において、被告人本庄に対し、前記臨時市議会に付議する前記三市合併議案について他の泉大津市議会議員に対して賛成の立場から審議及び議決するよう働きかけるよう依頼し、その費用に当てる趣旨のもとに、現金一〇万円を供与し、もつて同被告人の前記職務に関し賄賂を供与し、

2、右同日、同市役所市長応接室において、被告人松本に対し、前同趣旨のもとに、現金一〇万円を供与し、もつて同被告人の前記職務に関し賄賂を供与し、

3、同月二六日、堺市内を走行中の自動車内において、被告人河野に対し、前同趣旨のもとに、現金五万円を供与し、もつて同被告人の前記職務に関し賄賂を供与し、

4、同年一二月一日、堺市南瓦町二九番地所在堺市役所五階泉大津市議会議員控室において、被告人河野および同本庄に対し、右両被告人が三市合併議案について、他の泉大津市議会議員に対し反対派の切り崩しを避けて賛成の立場から審議及び議決するよう便宜をはかるなどして働きかけたことに要した費用に充てる趣旨のもとに、同市企画室長船本宇一郎を介し、現金二〇万円を供与し、もつて被告人河野及び被告人本庄の前記職務に関し賄賂を供与し、

三、被告人吉田、同河野、同松本は、共謀のうえ、同年一一月二三日、大阪市南区河原町一丁目一、五三一番地所在旅館新橋荘において、被告人井上に対し、前記三市合併議案について、賛成の立場から審議及び議決するため反対派の切り崩しを避けて議決の日まで身を隠すよう依頼し、その費用に当てる趣旨のもとに現金五万円を供与し、もつて同被告人の前記職務に関し賄賂を供与し、

四、被告人吉田は、前記第一の一の趣旨に従い、

1、同月二三日、神戸市兵庫区有馬温泉一、七三〇番地所在旅館花の坊において、被告人橘に対し、前同趣旨のもとに、現金四万円を供与し、

2、右同日、右同所において、泉大津市議会議員で同市議会に付議される議案について審議し議決する職務を有する前記河合恒太郎に対し、前同趣旨のもとに、現金四万円を供与し、

3、右同日、右同所において、被告人中村に対し、前同趣旨のもとに、現金四万円を供与し、

4、右同日、右同所において、被告人野井重太郎に対し、前同趣旨のもとに、現金四万円を供与し、

5、同月二九日ごろ、堺市大町西一丁目三一番地所在旅館丸芳荘において、被告人橘に対し、同被告人が三市合併議案について賛成の立場から審議及び議決に加つたことに対する謝礼の趣旨のもとに、現金二万円を供与し、

もつて右各被告人の前記職務に関しそれぞれ賄賂を供与し、

第二、一、被告人吉田は、前記第一の一記載の日時、場所において、被告人久保、同河野から、同記載の趣旨のもとに、現金五〇万円の供与を受け、

二、被告人本庄は、前記第一の二1記載の日時、場所において、被告人久保から、同記載の趣旨のもとに、現金一〇万円の供与を受け、

三、被告人松本は、前記第一の二2記載の日時、場所において、被告人久保から、同記載の趣旨のもとに、現金一〇万円の供与を受け、

四、被告人河野は、前記第一の二3記載の日時、場所において、被告人久保から、同記載の趣旨のもとに、現金五万円の供与を受け、

五、被告人河野及び同本庄は、共謀のうえ、前記第一の二4記載の日時、場所において、被告人久保から、同記載の趣旨のもとに、現金二〇万円の供与を受け、

もつて右各被告人の前記職務に関しそれぞれ賄賂を収受し、

第三、一、被告人井上は、前記第一の三記載の日時、場所において、被告人吉田、同河野、同松本から同記載の趣旨のもとに、現金五万円の供与を受け、

二、被告人橘は、前記第一の四1記載の日時、場所において、被告人吉田から同記載の趣旨のもとに、現金四万円の供与を受け、

三、被告人中村は、前記第一の四3記載の日時、場所において、被告人吉田から同記載の趣旨のもとに、現金四万円の供与を受け、

四、被告人野井は、前記第一の四4記載の日時、場所において、被告人吉田から同記載の趣旨のもとに、現金四万円の供与を受け、

五、被告人橘は、前記第一の四5記載の日時、場所において、被告人吉田から同記載の趣旨のもとに、現金二万円の供与を受け、

もつて右各被告人の前記職務に関しそれぞれ賄賂を収受したものである。

〔証拠の標目〕(略)

〔当裁判所で是認引用する原判決の有罪認定〕

被告人久保につき同被告人に対する原判決判示第三の一ないし三の各事実

〔法令の適用〕

一、被告人久保、同河野、同本庄、同松本、同吉田については同被告人らに対する原判決挙示の関係各法条と同一であるから、これらを引用する(なお、被告人吉田に対する追徴額については、同被告人が収受した賄賂のうちからさらにその趣旨に基づき判示第一の三、四のとおり被告人井上ら五名に贈賄されており、かつ、そのうち河合を除く四名よりその収受した賄賂の価額計一九万円を追徴するものであるから、これを控除した残額にとどむべきものとした。)。

二、被告人井上、同橘、同中村、同野井の判示各所為は刑法一九七条一項前段に各該当するから、被告人橘を除くその余の三名の被告人については各その所定刑期範囲内で、被告人橘については同被告人の所為は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第三の二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、右被告人らを各懲役一月に処し、情状により各同法二五条一項を適用しいずれも本裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予し、さらに同法一九七条の五後段により右各被告人が収受した賄賂の価額をそれぞれ追徴する。なお、原審の訴訟費用については各刑事訴訟法一八一条一項本文により主文第五項のとおりそれぞれ負担させるべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 瓦谷末雄 香城敏麿 鈴木正義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例